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34日目

バスに揺られる事約7時間。

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バスはアンコールワットで有名な町、シェムリアップに到着。

おぉ、念願のアンコールワットがついに見られる!
今回唯一の観光!!!

事前に調べておいた宿に向かう。
日本人が経営している宿で、スタッフも日本語が話せるらしい。
せっかく観光と決め込んでいたので、日本語ガイド付きのアンコールワットツアーとか行きたかった。。

宿に着くとスタッフが日本語で挨拶をしてくれた。
おぉ、めっちゃ日本語がうまい。

料金の説明も何もかんもが日本語だった。
う~ん、、、楽だなぁ。

荷物を置いて、情報を集めようと、フリーの日本語情報紙をロビーで読んでいると、

向かいの席で、宿のスタッフと話していた女の子も、着いたばかりなのか、スタッフにアンコールワットの回り方の相談をしていた。

しばらくすると、「まざりませんか?」と話しかけてくれた。

彼女は、石田さんと言う名前で年齢は僕と同い年、前は動物園で飼育係をしていたそうだが、仕事を辞めて旅に出たらしい。

石田さんに、日本語ガイド込みのコースをトゥクトゥク使って2人で回りませんか?と相談した。
そうすると、料金が折半できるので安くあがるから。
まぁ、女の子とアンコールワット回れる!って思いもなかった訳じゃない。当然。

で、値段を受付で聞くと、アンコールワットとアンコールトムを回るコースが6ドル、
ちょっと遠くの遺跡に行くのが9ドル、日本語ガイドが35ドル。
合計60ドル。
だけど2人なんで30ドル!

その場でOKし、お金を払う。



その後、石田さんと自転車でオールドマーケットをウロウロした後、

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僕が行きのバスの中で一緒だったフィリピン人のニーチャンのおごりで晩ご飯を3人で食べ、就寝。




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33日目




午前中にホーチミンからバンコクに戻り、
午後からカンボジアのプノンペンに飛行機で移動する。


プノンペンに到着し、イミグレーションに進んでいくと、長蛇の列ができていた。
その上みんな何かゴソゴソしてる。

あ、、、そっか、カンボジアはVISAをとる時に写真がいるんだっけ。
事前に撮ってもってきてはいたけど、預けたカバンの中だ。。。。

カバンを受け取る前に必要なのね。。。。。
で、その分余計に1ドルだか2ドルを払った。。。


空港から出て、タクシーを探そうとすると、案の定客引きがいっぱいやってきた。

言い値は全て9ドル。

9ドル!!!???

高っ!



だけど、空港のタクシーチケットなるものに9ドルと書いてあるのを見せられた。。。

ほんとかなぁ、、、、、偽物じゃないよね。。。


仕方なく半信半疑で9ドルのタクシーに乗る。


運転手に「キャピトルゲストハウス」と伝えると。
「あそこは汚いから他のところにしておけ。良いところを知ってるから案内するよ。」と言ってくる。

どうせマージンとかあるんでしょ。。と思いながら、
「キャピトルが出してるツアーバスでシェムリアップに行く予定だから、キャピトルでいいよ。」
と言うと、運転手が

「あー、ツアーバスね、大丈夫。そこのホテルから出てるし安い。
キャピトルのツアーは今はもうやってないんだ。」

マジ?廃止?そんなアホな?

そうこうしている内に中華系のホテルの前でタクシーが止まった。
一応、ツアーバスチケットの事も調べたかったので、一旦降りる事にした。

中に入ると男性が出てきた。

運転手が説明をすると、どうやら今はバスチケットのスタッフが外に出ていていないらしい。
明日でも大丈夫と言われるが、そもそも10ドルのホテルなんか泊まる気はサラサラないので、
キャピトルに連れて行けと言うが、運転手は「このホテルにしろ。キャピトルの場所は知らない。」
とか言ってくる。。。

で、またここで軽くもめる。

「最初に俺、キャピトルに行きたいって言ったじゃん。あんた覚えてる?」
と強めに言うと、運転手は無言になってタクシーを出発させた。
どうやら、キャピトルに向かっているらしい。
だけど、さっきまでフレンドリーだったのに、いきなり無言である。。。
感じ悪。。。。




キャピトルに到着すると、想像よりもぼろっちぃ感じ。

1階のツアーカウンターでシェムリアップ行きのバスを確認すると、ちゃんとあった。

やっぱりあるじゃん。
しかも、さっき言われた値段より安いし。。。

明日の朝のチケットを予約し、宿のチェックインをする。
3ドルでシングル、ファン付きで窓際、トイレシャワー共有。
破格ですね。

明日は朝7:30にはバスが出発するので、早めに寝る。



32日目



明日は移動なので、ベトナムは今日が最後。

午後から Himiko bisual cafeに行く。

cafeに着くと、Himikoさんが何人かの男性とビールを飲んでいた。

中に入り挨拶をすると、ビールごちそうするから混ざりなさいと言ってくれた。


どうやらこの人達もアーティストのようで、Himikoさんの大学の先輩らしい。
いいなー、、、昼間からビール飲みながら作品の話とかできる場所があるなんて。。。

で、ハノイで収穫がなかった話をしたら、「美大に行けばよかったのに」と言われた。
。。。ハノイにも美大あるんだ。。。というか、最初に教えてくださいよ。

来週の4月24日にホーチミンのドイツ文化館と言うところで
若手のアーティストが100人ぐらい集まるパーティーがあるそうなので、
カンボジアとインドネシアのスケジュールを調整し、
間に二日間だけベトナムに戻る事にした。。。
当然エアアジアなので、バンコク経由、、、、、、、、、、、。
まぁ、、、ベトナムは収穫が少なかったし、しょうがないか。。。。


そろそろおいとましようと思い、オススメのギャラリーの場所を教えてもらう。
「ギャラリークイーン」というギャラリーで割と宿から近くだった。

帰り際、Himikoさんが店員さんにビール代を払っていた。
おぉ、オーナーなのにちゃんとしてる!!
ごちそうさまでした。


Himikoさんとわかれ、バイタクでギャラリーに向かう。

着いたところは、ガヤガヤと街の喧噪あふれる通りに面した場所で、
商店が建ち並ぶ中、そこだけぽっかりとギャラリーになっていた。

ほんとにココかなと思い、外の看板を探していると、中にいた白人のお姉さんが手招きしてくれた。

彼女は、ココのスタッフでソフィーさんといってオーストラリアの人。
閉廊も近かったが、快く招き入れてくれた。

1階はタブローの作品が並んでいた。
フォルムを崩した人体の平面。

2階もギャラリーになっているらしいのであがってみると、キレイなホワイトキューブになっていた。
映像、インスタ、写真、思っていたよりもコンテンポラリーな作品が並んでいた。

下におりると、オーナーのクイーンさんがいた。

感想を聞かれたので、たどたどしい英語で伝える。。。。
なんとか、多少は伝わったみたいだけど、自分の感想を伝えるのはまだ苦手。。。

相手が同じ年ぐらいのアーティストなら、会話は成り立たなくても
お酒さえ飲めばどうにでもなるんだけど、こういうギャラリスト相手に英語は
正直キツイ。。。。

閉廊時間も過ぎていたので、芳名帳に名前を残し宿に戻る。



来週のパーティーに賭けよう。。。。。。



31日目



収穫がなかった事もあり、名残惜しいハノイを後にしてホーチミンに戻る。

ホーチミンのサイゴン空港からバイタクを拾うとどうせボラれるので、
空港の外まで歩いてバイタクを探す。
今度は市内まで25000ドンで交渉成功。
タクシーの4分の1。うーん、安い。


この日はそのままホテルを探して、バタンと休む。


30日目



ハノイ最終日。

午後をまわっても、メールの返事はない。

こりゃ、あきらめて帰り支度だなぁ。。。。


最後と言う事で、またいつものビアホイに行く。

ちょうど樽がきれたらしく、新しい樽と交換していた。
おぉ、開封直後の味だ!!新鮮!!!

そもそも、このビアホイと言うのは、樽に入っていても保存が利かないらしい。

そりゃ開封したてが美味しいよね!

ウキウキしながら、交換を見守っていると、女の子がなにやらビールのホースをゴソゴソやっている。


よく見てみると、なんと、ホースを口でくわえて吸っている、、、、、。
それ、客のジョッキに注ぐとこやん。。。。


なるほど、ビアホイは日本の生ビールと違って炭酸ガスを使わない。
それで泡立ちがほとんどない、ソーダみたいなビールになる。
で、炭酸を使わないと言う事はどういう事かと言うと、
樽に圧力をかけるものが、空気しかないと言う事だ。

樽の下の方に蛇口みたいなのが付いていて、そこにホースがつながっている。
水槽の水を移す時の要領で、ホースから負圧をかけて吸い出す。。。
で、出てきたビールをジョッキに入れ、いっぱいになるとホースの口を高くあげて固定。。。
う~ん、、、、実にアナログ。



まぁ、、、、、、、、可愛いから許す。。



これがおじさんとかだった日にゃ、ソッコー帰ってコンビニでビールを買っている。


明日は朝早いので、早めに帰って寝る。




29日目



午後からアーティストホテルを探しにいく事にした。

出かける前にホテルの電話を使い、メールの返事のないHimikoさんの友人に電話をしてみる。

電話をすると男性がでた。
おたがいたどたどしい英語で話す事数分、
どうやら彼は今ハノイにいないらしかった。。。。。
ちょうど僕が月曜日にホーチミンに戻るのだが、その日にハノイに帰ってくるようだ。
さすがにこれ以上変更はつらかったので、ハノイの若いアーティストを紹介してもらおうとするが、
出先でメールが送信できないらしく、Himikoさん経由でメールを送ってくれる事になった。
明日1日しかハノイにはいないので、日数的にはギリギリだなぁ。。。。


そんなやりとりの後、昨日聞いた住所の場所へ行く事にした。

近くにいたバイタクのニーチャンを呼び止め、メモを見せる。
すぐにうなずかないので、多分よくわからないんだろう。
このニーチャンはやめて他のバイタクを探そうとすると、
すかさずそのニーチャンが「大丈夫、大丈夫」と言ったジェスチャーで行く手を遮った。

しょうがないので、値段交渉に移った。

事前に宿の人に値段を聞いていたので、それをもとに交渉をする。

このニーチャンがふっかけてきたのは50000ドン。
宿の人に聞いたのは10000ドン。

いきなり5倍。

当然納得いかないので、10000から交渉を始めるも、
ニーチャンは20000からはガンと譲らず、
こちらの言う15000ドンにはならなかった。

じゃあいいよと、見切りを付けて他のバイタクを探そうとすると(これ大事。)
ニーチャンが折れて15000で交渉成立した。


バイクに乗って、しばらく行くと、早速バイクを停め他のバイタクに道を聞いていた。
どうやら本当にわからないらしい。。。。ちょっと不安になってきた。

その後何人かに道を聞き、ようやく着いたところは大通りから路地を入っていったところにある、
静かで落ち着いたきれいなホテル。これ本当にアーティストホテル????

おかしいなーと思って降りると、ニーチャンが急に200000ドン払えと言ってくる。

?!

値段交渉終わった後にふっかけてきよった!
日本円にすると1200円ぐらい。
そんな高いはずがない。

訳が分からなかったので、なんでだって聞くと、
「場所が分からなくて、ここへ来るまでにだいぶ色んなところに行ったから、高くなった。」
と、ぬかしよった。。。

そんなん自分が道知らなかったからじゃん!!!

さすがに90円が1200円になったので、こちらもキレ気味。。。

紙とペンを取り出し、さっきの値段を紙に書いて英語で説明するも、
このニーチャン、値段以外の英語はわからず。。。。。。

それでも200000ドンだと言ってくるので、
英語で説明するのもやめて、
紙にペンで最初の値段を書きながら、日本語で文句を言いまくる。

ニーチャンちょっと萎縮したのか「じゃあ50000ドンでいいよ。」と言う。

「だから、それでも違うんだっつーの!!!」

で、また最初から話を繰り返す。

途中で財布を確認すると、細かい紙幣がなく、10000ドン札しかない。。
これで15000ドンにさせても、絶対お釣り出さないだろうなぁ。。。。

しょうがないので、「20000ドンならいいだろ?」と言うが、
ニーチャンは50000ドンから全く下げない。。

いい加減ムカついたので、20000ドンを押し付けて怒鳴って納得させた。。

本当に後味の悪い。。。。



で、疑惑のホテルのフロントに行き、住所のメモを見せる。。。


バイタクとの一部始終をいていたお姉さん、
ちょっと困惑した顔をして
「違います。」

やっぱり違った。。。。。

あきらめきれなかったので
「ここ、ARTIST HOTELだって聞いたんですけど、、、、」
と、聞くと、

「ここはATS HOTELです。」


アーティスト、、、、
エーティーエス、、、、、


うん。ちょっと似てるね。




って、バイタク テメェ 全然違うじゃねぇか!!!


と、心の中で叫びつつ、、ムカついたので、帰りは徒歩で宿まで帰った。


宿に着くと、Himikoさんからのメールはまだ来ていなかった。。


疲れた。。。。

ビアホイ行って、寝る。



28日目



2日間町を歩いていて、カクテルシェーカーらしきものを見かけていた。
ひょっとすると、バンコクで買わなくても、ベトナムで買えるんじゃ?
ベトナムの方が安そうだし。。。
そう思って、午後からシェーカー探しに出かける。

ウロウロすること数時間、意外にも宿の近くに食器屋さん街があった。

(この町は、タバコ屋街、酒屋街、金属加工街、シルク街、お茶っぱ街といった具合に
同じ業種が何軒も何軒も同じところに集まっている。)

お店を何軒かのぞいてみると、ほとんどのお店にシェーカーが置いてあった。
ただ、手に取ってみて見ると、金沢で買ったいつもメインで使っているシェーカーとは
若干作りが違っていた。
使っている金属がちょっと薄めで、容量が50ccぐらい多くなっていた。
守谷のジョイフル本田で買った安いシェーカー(それでも\1500ぐらい)と完全に同じものだ。。。
まさか、ジョイ本、ベトナムから輸入?

どの店を見ても同じものしかないので、あきらめてそれを購入した。
一緒にバースプーンも購入して\1000ぐらい。
日本ぼ半額以下ってことは間違いないけど。


宿にシェーカーを置いて、ビアホイ屋さんに行く。
ビアホイとは、ベトナム独特の、うすくて、ぬるくて、安い生ビールの事。
ジョッキ1杯30円ぐらい。

宿からちょっと歩いたところにあるビアホイがお気に入りで、
路上にいくつか机が出ているだけのちいさい店なんだけど、
最初に行ったとき、会計の時に5000ドンだと聞き違えて
5000ドン渡して帰ろうとしたら、お店の女の子があわてて呼び止めてくれて
わざわざ、お釣りの500ドンを渡してくれたのだ。
日本円にすると3円ぐらいかな。
500ドン以下のお釣りは飴玉で渡す国で、
一見の外国人をぼろうともせず、500ドンを渡してくれた。。
そのことが凄く嬉しかった。
ボッタクリ天国ベトナムにも誠実な人もいるんだ。。。。と。
ショートカットで目が大きいかわいい子だった。。。。。
(最初はその理由でお店に入った。)



で、飲もうと思い席を探すと、手前のグループに「お前もこっち座れ」と呼ばれた。
折角なんで混ざってみると、地元の工業系の大学の大学生2人と、その片割れのおじさんという組み合わせだった。
おじさんときている方の男の子の英語はベトナムなまりがひどく、ほとんど聞き取れなかったが、
もう一人の方は割と聞き取れたので、しばらく話をしていた。

今期あの旅の事を話すと、「俺もアーティストホテルを知ってるよ。色んな国のアーティストが泊まってるぞ。」と言うのである。
工業系大学生と言う事もあり、完全には信じていなかったので、なんで知ってるのか聞いてみると、
いつも買い物に行くスーパーマーケットの途中にあるからいつも見ているんだそうだ。

これはひょっとするとアタリかも???

アーティストホテルなるものの住所を聞いて、解散した。

もちろん帰る時は、大きいペットボトルにビアホイを詰めてもらう。
1.5Lで120円ぐらい。


27日目



メールをチェックしてみると、Himikoさんからメールがあった。
内容は、週末のワークショップが延期になったというお知らせだった。。。。。。


がーん、、、、、。

それをメインでスケジュール組んだのに。。。。

でも、そのおかげでハノイにもう少しいられる。
実質二日はもったいないぐらい町の様子が面白かった。

昨日バスが到着したJETSTARのオフィスまで歩いて行って
帰りのチケットを変更する事にした。

ちなみに、Himikoさんの友人からのメールの返事はまだなかった。。。。


26日目



ハノイに到着。

空港からはJETSTARのバスで市内のJETSTARオフィスまで。

オフィスにバスが到着すると、バスのドアの前にバイタクのオッサン達が殺到してきた。

振り切って自分で宿を探そうとするも、地図もなかったのでその中の一人の言うホテルを
見てみる事にした。
バイクの後ろに乗る事10分少々。

ハノイの旧市街に到着する。
周りは商店街のような工場のような問屋街のような不思議な感じ。
みんな店先で溶接とか金属加工とか塗装とかをしてる。
なんかアトリエみたいでテンションがあがる。

この日は町をぶらぶらして一日が終わる。

つぶやき。4

とりあえず、カンボジアに入りましたー。

ここもやはり、ボッタクリと客引きの嵐ですー。

明日はアンコールワットに行く予定です!

25日目



朝起きる。
約束の時間には十分間に合いそうだ。

ニューワールドホテルはこの辺りで一番新しくて大きなホテル。
きっとロビーでネットぐらいできるかな、と早めに出た。
パソコンやっちゃダメって言われても、宿泊客と待ち合わせですって言えばどうにかなるかなと思いながら。


8時ちょっと過ぎ。
彼女はやってきた。ホテルの外から。

朝早く起きて散歩をしていたらしい。


早速タクシーでどこぞへ向かう。

なんか美味しい店でもあるのかな?
とりあえず、彼女に任せる。

タクシー代も払ってくれた、、、、すみません。。。

着いたお店は閉まっていた。
昨日彼女はここでご飯をしたらしいが、今日はあいにく閉店のようだった。

しょうがないので、近くのお店を探す。

バインミーの屋台があったので、そこにしようと僕が言ったが、彼女は屋外は嫌らしい。
あぁ、、、バインミー。。。。


で、オープンカフェにいくが、フードはやって無いらしく、結局、そこでコーヒを飲みながら
目の前の屋台でバインミーを買った。
彼女が手慣れた感じでバインミーを二つ買ってくれた。。
また、おごってもらってしまう。
コーヒー代も。。。

だけど、彼女はパクチーが苦手らしく、一口食べてやめてしまった。
で、一口かじったバインミーを僕にくれた。

僕が食べ終わると、またどこかに向かう。

近くの民家っぽいところにはいっていった。

なんでも従兄弟が住んでるらしい。
昨日そんなこと言ったっけ?
よくわかんないが、まぁいいや。

中に入ると、男性が一人、奥でおばさんが料理をしていた。

「ようこそ、今日は誕生日だから料理を準備してたんだ!!」
と、男性が言う。

よくわからんが、僕も一緒に歓迎されているっぽい。
テレビではK-1がやっていて、「これ日本だよね」と言われる。

テーブルに着くと、ご飯と焼いた豚バラ肉、サヤインゲンの炒め物、ジャガイモの煮物があった。
飲み物もいただいて色々話していると、
彼のは34歳、僕と誕生日は1日違い。
彼女は日本人の森さんと言う看護婦さんで浦和に住んでいるらしい。
この春結婚するらしい。
だけど、森さんはヘビースモーカーなのでそれが嫌だと言っていた。

話はまた僕の旅の事になり、
次はカンボジアに行きますと言ったら、
彼はカンボジアのホテルで働いていて
次来る時は半額にしてあげるよと言ってくれた。
横で彼女がいちいち驚いていた。

で、「カンボジアのホテルにはカジノがあるんだが、お前カジノは好きか?日本人はみんな好きだぞ。」
と言われたので、「あんまり好きじゃない。」と答えた。

すると、男性は
「今度泊まる時は、カジノで俺がディーラーに上手く言ってやるから100%勝てるぞ!
ただし、勝ったら山分けだからな。よし、今からルール教えてやるからちょっとふたりとも2階においで。」と言い、僕らを2階に案内した。
興味は無かったが、ご飯をごちそうになった手前、話だけつきあう事にした。


男性の部屋はベッドとテーブルだけの簡単な部屋だった。
テーブルにはマージャン牌が置いてあった。

マージャン牌に僕が興味を示すと
「お前麻雀できるか?」と聞かれたが、
結構忘れてしまっていたので、そう答えた。
(高校の頃はネットで東風荘とか徹夜でやってたのになぁ。。)

で、男性は横からカジノのチップがはいったケースとトランプを出してきて、
僕と女の子の前に置いた。

ゲームの名前はスーパーファン9だっけな?
良く覚えてないけど。

まず男性が、手慣れたカードさばきで、何故かマジックを披露する。
何故いきなり手品、、、、?


手品が終わり、横で女の子がキャーキャー言っていた。

で、さっそく紙に、そのゲームのルールを書き出した。

説明の途中で、さっきのオバさんが部屋のドアを開けて何やら言った。

なんでも男性の麻雀友達が来るらしい。

その友達は名前を「Mr.マリック」。
80歳のおじいちゃんだそうだが、一度の麻雀で60万円ぐらいのお金をかけるとんだと説明してくれた。
一通りゲームのルールの説明が終わると、タイミングよくその「Mr.マリック」がやってきたらしい。
男性は僕に、「今教えたゲームをMr.マリックとやってくれ!それで、お前を勝たせてやるから、勝ったら俺にチップをくれ。」と言い出した。

「ほら、先にお前にチップをやるからこれで頼む!! 横の彼女はお前のガールフレンドだってことにしてさ!」と言って、僕の手を取り彼女の方に回した。
「お前にもやるからさ!な?」と、彼女のバッグにもお金を入れた。。。


明らかに、不自然な状況だった。


その話が終わると、コレまたグッドタイミングでおじいちゃん登場。
指にでっかい指輪をつけた金縁眼鏡のおじいちゃんだった。

男性が、「早く金を隠せ!」と目配せする。

「ほら、さっき言った通り、お前からスーパーファン9しませんか?って言ってくれよ。」
と男性が英語で言う。

僕は「ノー。」と返す。

「なんで言わないんだ?勝てるんだぞ?Mr.マリックは英語わかんないから大丈夫だって!」
と、しきりに促される。

「じゃあ、お前は見てるだけでいいから、彼女が代わりにプレイする。だから見ててくれ。」
やらなくてもいいけど、見てなくちゃいけないらしい。
で、後で彼女が大負けするとかして、きっと色々あるんだろうなぁ。。。

こりゃ昔ネットで読んだ詐欺だな。。。。

と思い、


「俺は絶対やらない。そんなにやりたきゃ電話で麻雀友達呼べば良いじゃん。
とにかく、絶対やらないし、そんな時間があるなら、俺は次の場所に移動する!」

断固拒否ってると、ようやくあきらめたのか
男性は片手で額を押さえクビを振り、もう片方の手で出てけと手を動かした。



家を出る際にオバさんに「料理美味しい」と片言のベトナム語で話したら
上から男性が降りてきて、またシッシと手を振った。


帰り際彼女は「ごめんなさい、従兄弟はとってもfunな人なの。」と言う。

さすがにあれはfunなんかじゃないと思いながら、「大丈夫。」と返した。

この後彼女は近くのマーケットに行くと言うので、
一緒に行っても良いかと聞くと、「良いよ。」と言った。

が、すぐにさっき男性からもらったお金が鞄に入りっぱなしだった事に気がつき、さっきの男性に電話をする。
すぐに電話を切った彼女は「彼は今からお父さんが入院している病院に行かないといけないから、そこでお金を渡す事になった。一緒にマーケットいけなくなったの、ごめんなさい。」と言う。

まぁ、正直どっちでもよかったの。

すぐに彼女はタクシーを止めて僕を乗せた。

「絶対今夜メールするから、予定があったら明日会いましょう!シンガポールにきたらウチに泊まってね。」と発車間際に言っていた。



そんなこんなで、予定よりだいぶ早く美大に到着。

待ち合わせの時間まで座ってPCをやる。

で、昨日の女の子が約束の時間にやってきた。
なんか、今は忙しいから、4時からなら一緒に行けるけどどうする?と言っている。

ここまできたら待つしかないので、またさらにぶらぶら歩き4時間ほど時間をつぶす。

4時になり彼女がやってきた。
どうやらバスで行くらしい。
バスに乗りしばし揺られていると、女の子の前に座っていたおばあちゃんが、おもむろに
女の子に茹でトウモロコシをくれた。。。。。何故?

どこかよくわからな場所に到着し、そこからさらにバイタクを拾う。
前にオッサン、後ろに女の子と言う3人乗りだ。
嬉しいやら悲しいやら、よくわからないままバイクは走り出す。

15分ほど走ってバイクが止まる。

その通りの小道をはいったところに HIMIKO BISUAL CAFEはあった。

ようやくあった。。。。。

2階に上がると、店内いたる所に絵がかけてあった。

だが、店内には店員さんっぽい人が一人いるだけ。。
まさか、HIMIKOいないんじゃ、、、、、オーナーがかわったとかかな。。。。。。
とか、色々心配していると、女の子が察してくれたのか
「今からHIMIKOに電話しますね。」と。

、、、、、、、、、、、、、、電話番号しってるのね。


手短に電話を切ると、あと15分ほどできますよと、女の子が言った。



15分後一人の女性が店内に入ってきた。

どうやらこの人がHIMIKOさんらしい。。。
ようやくあえた!!!!

ナイストゥーミーチュー!と言うと。
「コンニチハ。」と日本語が返ってきた。


なんでも2年間ほど日本に滞在していたらしく
英語より日本語の方が話せるとのこと。

今回の主旨を説明すると、ホーチミンのアートの状況を話してくれた。


ホーチミンのコンテンポラリーアートは、まだまだインスタレーションやペイントが多く、
政府の検閲がはいるのでそれに引っかかると展示もできないそうだ。
店内にかけてあるヌードを使った写真はHIMIKOさんの作品だそうだが、
ヌードなため、展示する事はできず、自分のお店にかけるぐらいしかできないらしい。

で、なんでホーチミンでこういったスペースをやってるのかを聞いたら、

ハノイはアート活動を行うのに助成金がいくつもあり、そういったお金で活動ができるのに対し、
ホーチミンは助成がないので全て自分たちで行わないといけないらしい。
だけど、ベトナムは南北の経済格差があり、北にある首都のハノイより、南のホーチミンの方が豊かなので
もし、南出身のHIMIKOさんがハノイで何かをしようとすると、全てのものが割高になりとてもじゃないがやっていけないそうだ。



いろいろ、展覧会のカタログなどもみせてもらう。



それで、ホーチミンで若いアーティストに会いたいなら、今週の土曜日にここでワークショップがあるからそれを見学すればいいよといってくれた。
他には24日にホーチミンの若いアーティストが100人ぐらい集まるパーティーがあると教えてくれたが、
残念ながらその日は、カンボジアかタイかインドネシアにいる予定だった。。。

なので、ワークショップだけでもみたかったが、そこに参加して、アーティストと知り合いになって、、、、とかやってたら、週明けハノイに行ける日が2日ぐらいしか無くなっちゃう。。

それなら、明日の水曜日にハノイに行って土曜日のワークショップまでに帰ってこれば、
3日はハノイにいられる!!

よし、そうしよう!
明日ハノイに行こう!!!

そうHIMIKOさんに伝え、彼女にハノイの知り合いを紹介してもらう。
なんでも新聞社の方だそうだ。

時間は19時過ぎ。
チケットってまだ間に合うのかな?

HIMIKOさんにお礼を言い、急ぎ宿に帰る。

、、、、つもりだったが、タクシー代をケチったらまた迷子になり、
宿に着いたのは10時頃だった。

さっそく旅行会社に行く。
こんな時間でも開いているのは、さすがバックパッカーの街。

スタッフに尋ねると、今日中なら明日の午前の飛行機が手配できるとのこと。

だけど、片道105$。

所持金が足りない。。。。

下ろそうにも、プラスのカードが使えるATMが近くになかった。

スタッフの男性に、ATM見つけたらまた来ますと伝えお店を後にする。

で、やってきたのはネットカフェ。

はじめからこうすればよかったのに、、、、と、
ネットで格安チケットを検索すると、
JET STARという会社が扱っていた。
ネットで申し込み可能で、明日のチケットも大丈夫みたい!!

なんとか無事チケットを購入し宿に帰ると、
宿のオーナー家族が1階で川の字になって寝ていた。。。。。
女の子達を起こさないように、そっと頭の横を歩いて階段を上っていく。。。
う~ん、、、、さすが家族経営ゲストハウス。。。


さて、荷造りしなきゃ!



24日目


お昼頃にはベトナムに到着。
空港の窓から見える駐輪場のスクーターの数が半端じゃない。。。
さすがベトナム。昔の中国みたいなもんか?

荷物を拾うと早速ベトナムドンに両替。
いくつか銀行カウンターが並んでおり、両替率を確認しようとすると
手前のアオザイを着たお姉さんが
「ドレモオナジスウジ。」と片言の日本語で言う。
で、そのカウンターで両替をしたあと、他のカウンターを通り過ぎると
明らかに数字が違う。。。。。。。

まさかイキナリ?
ぼったくり大国とは聞いていたけど、空港からいきなりかぁ。。。。

で、市内へ移動するためタクシーを拾おうとする。
すると、オッサンが一人声をかけてきた。

「ヘイ!タクシー!チープチープ!!」

うさんくさかったが、しつこいのと他のタクシーがわからないのとで、一応値段だけ聞いてみると
「500,000vnd!チープ!」と言ってきた。

さっき1万円両替してベトナムドンが1,400,000vndぐらい。
ベトナムでタクシーが3000円もするはずが無い。
日本かここは!?

絶対違うと思って、空港のスタッフに話すも、
「彼はタクシードライバーだよ。」の一点張り。

絶対ボリタクじゃん!

そんな親父を振り切って、国内線の出口まで歩いていく。

こっちならちゃんとメータータクシーもあるでしょ。。たぶん。。。

で、それっぽいタクシーを見つけて乗り込む。
なんどもメーターだよね?と確認もした。

一応メーターで行ってるっぽい。

30分ほどでホーチミンの安宿街ファングーラオに到着。
メーターは81,000vnd。

細かいのが無いので100,000vndを渡す。
北京のことがあったので、絶対釣りをもらおうと決めていた。
釣りを出すまで動かないつもりだった。

すると運ちゃんは、ショウがネェなって感じで渋々10,000vndを出す。
足りねえじゃん、9,000vnd!!

これ以上は本気で出すつもりが無いらしく、車を降りてトランクの荷物を出し始めた。。。

あぁ、、、、またか。。。
ボッタクリ大国ベトナムにまた負けた。。。。。



で、宿を探して歩いていると後ろからスクーターで声をかけてくるオッサンがいた。
しかも日本語だ。
「コンニチワー、日本人ネー?」
「ボク、奥サン日本人ネ。ホテル3$アルヨー。」

正直さっきのさっきだったので凄く怪しかった。

「ボク、夜勤デ他ノホテルヤッテル。今ハバイト。横浜FCノ城選手モ案内シタヨ。
コレ写真。奥サン横浜デ働イテル。」

で、なんだかツーショットの写真を出してくるが、城の顔は別に覚えちゃいない。

疲れてたので、おじさんの後を着いていってみる。
連れて行かれたのは、下がインターネットカフェになっているところで、
上はドミトリーだった。

う~ん、、ドミはなぁ、、、PC作業し辛そうなんだよなぁ。。。。

で、渋ってると、他のオッサンがやってきて違うところを紹介すると言う。
さっきの親父もスクーターでついてきた。
気にかけてくれてるのかと思った。

で、案内されたところは、細い路地の奥の奥。
ゲストハウスで、1階ではおばさんと娘さんが寝転んでた。

部屋を見せてもらうと、狭い。
まず部屋の入り口ギリギリに何故か屋根裏への階段がある。
でかいリュックを背負ったままでは移動だけでも一苦労。

部屋に入ると、ベッドが置いてあるだけの狭い部屋で
トイレバスも付いてはいるものの、かなり汚かった。

だけど5$。。。。

今後の旅を考えると、なるべく節約したいしなぁ。。。。。

考えている間もオッサンはしきりに
「サッキノオトコガイウノウソネ。ゼンブウソ。」
と、よっぽどココに泊めさせたいらしい。まぁ、そりゃそうか。


色々と目をつぶり5$のここに泊まる事にした。
一応、コンセントは付いてたし。

ココに決めます。ってオッサンんに言ったら、

オッサン笑顔で
「OK牧場!」

ガクッと僕がすると、続けざま
「アイーーンっ!」


、、、、、、、もうやだ、疲れる。



外に出ると、さっきのスクーターのオッサンが待っていた。

ここに決めましたって事を伝えると、

オッサン今度は
「昼間ハ僕暇デス。1時間30,000vndで案内スル。」
と、言い出した。

また手帳からなんか出してきた。

オッサンが出したセロテープで補強しまくったその紙には
「最初は怪しいと思ったけど、とっても親切でしたありがとう。」
なんて意味の日本語の手紙がはいっていた。

前に案内した人の手紙か。

営業用にもってるのね。


午後からは「HIMIKO VISUAL CAFE」に行こうと思っていたが場所がわからなかったので
ネットで調べてからいくつもりだった。

オッサンに先にネットをしてから行きたいので1時間待ってくれと伝えると、
さっきのネットカフェに連れて行かれた。

で、オッサンは店の前でずっと待ってる。。。。。


とりあえず、オッサンを見ないようにしてネットを始める。

おっ、意外に早い。結構快適。

1時間ほどで、メールチェクとHIMIKOの場所と
ホーチミンでノンプロフィットなギャラリーをやってる「SAN ART」の住所を調べる。
(SAN ARTは去年一時閉鎖して、2009の2月に復活するとホームページ上で告知していたが、
4月現在、告知のままだった。。)

で、オッサンにHIMIKOの住所を伝える。

なんだかちょっと不安そう。

それにん、さっき散々「ボクハ他ノバイクト違ッテ、最初ニ値段相談スル。喧嘩嫌イネ。」と言ってた割に、値段に関しては何も言わなかった。。
多分、さっき言ってた30,000vndぐらいなんだろうと思っていた。



で、迷いまくった挙げ句に着いた先にはHIMIKO VISUAL CAFEは無く
ベトナム工芸品の輸出会社の倉庫だった。。。。。。。

オッサンと2人でしばし呆然とする。。。。

HIMIKOはホーチミン美術大学の近くにあるって言う情報もあったので、
それをたよりに、とりあえず美大を目指す。


美大に到着すると、オッサンが帰りはどうするんだと聞いてきたが
これからしばらく探すので、帰りは自分でどうにかすると伝えたら
おっさんの携帯の番号を教えてくれた。
料金は50,000vndだった。。。


で、大学の周りをとりあえず1周する事にした。

まぁ、何ぞかんぞあるかなぁと。。。


で、すぐ近くにギャラリーと書いてあるところがある。
おぉ、後で行ってみよう。何も見つからなかったらここで聞けば良いし。。

デジカメを片手にまた少し歩くと、今度は若い前歯の無いニーチャンが寄ってきた。

しきりに手に持ってるデジカメをさしてなんか言ってる。
多分ベトナム語かな?わかんない。

ベトナム語はわからんよ。って日本語で言い返していると
どんどん若いニーちゃん達が集まってきて囲まれた。

一人だけほんの少しだけ英語を話すヤツがいた。

「ハウマッチ?」「ハウマッチ?」
ベトナムなまりの聞き取り辛い英語だった。

価格ドットコム経由で\25,000ぐらいで買ったxacti。
正直に値段を伝えるが、日本円ではイマイチ伝わらない。

$250だと伝える。

ニーチャンが急にxactiを触りだし、貸せ貸せと言っている(様に思った)。
さすがにストラップは離さず、少し触らせる。

するとニーチャン今度は胸ポケに入れていたiPhoneを見つける。
しきりに胸ポケから出そうとする。
で、何が何やらわかんなかったので、自分から取り出す。
「iPhone? iPhone?」と聞いてくる。
そうだ。と答えると、
また、「ハウマッチ?ハウマッチ?」と繰り返す。

めんどくさかったので$800だと言った。

「$1000で譲れ!デジカメも$300だ!」みたいな
ジェスチャーをする。

コレは今回の旅に必要だから売れない。と言ったが
きっと伝わってないんだろうなぁ。。。。

「俺は、ここにHIMIKO探しにきてるんだから忙しいの。
 それより、この辺にあるHIMIKO知らない?」
と一応聞いてみたが、案の定知らない。

あきらめてくれたかなと思ったら、今度は財布からコンドームを出して
「ガール!!ユー ニード コンドーム? ガール!!!ホテル、バイク!」
とジェスチャー付きでセールスが始まった。。。

「ドンッニード。」と言って、なんとか振り切る。。。。。



あぁ、、、怖かった。いきなり囲まれるんだもん。。。。

ベトナムじゃデジカメとか携帯とか、不用意に出してちゃいけないらしい。。。。
気をつけよ。。。


またしばらく歩くが、それっぽいものは見つからず、
さっきのギャラリーに行ってみた。
どうやら美大の展示ホールみたいで、学生の彫刻が展示してあった。

誰かに場所を聞けるかと思ったが、誰も来ない。。。

しょうがないのでギャラリーのある建物の奥をはいっていってみる。
すると、アトリエ棟の入り口にきた。

地べたですわってるニーチャン2人に話しかけるも、知らないと言われる。

カフェなんだから、きっとおしゃれ系だ!
女の子の方がきっと知ってる!

と、自分に言い聞かせ近くを通り過ぎた女の子に話しかけるも、シカトされる。。。

他に3人ほどダベってた女の子がいたので聞くと、一人は知っていたようだ。
ただ、場所が良く分からないらしく、友達に電話で聞いてくれた。

説明では、学校の裏手にあるらしい。

他の女の子達はあまり興味なさそうに「グッドラック。」と言ってくれた。。。

言われた場所に行ってみるが、それらしいものは無かった。。。。
またか。。。。

言われた場所の近所を延々歩き回るが無い。

また美大に戻り、他の学生が通るのを待って話しかけるが、シカトが続く。
英語だからかなぁ。。。。

ようやく捕まった学生に聞くと、さっきの学生と同じところだと教えてくれた。
今度は紙に地図を描いてもらおうと、紙を渡すと、おおまかな位置を描いてくれた。
さっき歩いていたところで間違いは無いみたいだ。。。

もう一度同じ場所をトライする。。。。。

が、まったく、見当たらない。

場所は違うがCAFEと書いてある看板をたどっていったら、案の定カフェがあった。

中に入ると、おしゃれなカフェだった。
絶対違うんだろうなぁ。。。。。と思いつつ、店員さんに聞いてみると、
英語がよくわからないので、英語の筆談を促された。

ここはHIMIKOですか?と書くと、
違う。外に出て他を探せと書かれた。。。。。


で、また美大に戻る。
かれこれコレを2~3時間。

コレでダメなら一旦帰ろうと思い、
門から出てきた小柄な女の子に話しかける。

今度は立ち止まってくれた。
事情を話すと、なんとか伝わったみたいで
ここで座って待っててと、ギャラリーの入り口の椅子に座るように言われた。
女の子は、そのまま建物の中へ入っていった。。

おぉ、なんかいい人っぽい。

しばらく待っていると女の子が戻ってきて
「明日また来れますか?来れるなら一緒に行けます。」
と言ってくれた。
おぉ!!!
どうせ、また明日探そうと思ってたんだから、問題無しですよ。

明日会う時間を決めたら女の子は足早に帰っていった。

、、、、、、これでなんとか行けるのかな?


帰りはタクシーで帰ろうとも思ったが、いつもどおり歩く事にした。
スクーターのオッサンが大体の方角だけ教えてくれたいたので、
道を聞きながら行けばどうにかなると思った。

途中スコールに2度会い、雨宿り。

迷子になりながらへとへとになって宿に戻ってきたのは、美大を出てから3時間後だった。


何も食べていなかったので、ご飯を食べに街に出てみた。


ベトナムのサンドイッチ、バインミーが食べたかった。
バインミーはフランスパンを横に切れ目を入れ、
真ん中にパクチーや野菜、煮豚などをいれて甘辛いナンプラーベースのタレをかけたものだ。

その、バインミーを探してウロウロしていると、
急に英語で声をかけられた。
「チャイナタウンはどこですか?」

見ると、マップをもった女の人だった。

知らないです。ごめんなさい。
と伝えると、

「あ、あなた現地の人じゃないのね。ごめんなさい。どこから来たの?ワタシはシンガポール。」
と、話が続いた。

彼女は、シンガポールでパソコンのプログラミングをしている、休暇を使ってベトナムに一人で来ている中国系シンガポール人。
偶然明日誕生日なんだけど、とりあえず目の前のインド料理屋さんで少しお話ししましょう。って事だった。

で、バインミーが食べたかった僕は、そのシンガポール人と一緒にベトナムのインド料理屋に行き、チキンカレーを食べた。彼女はオレンジジュースだけだった。

今回の旅のことなど色々話したら、それならシンガポールに来たら家に泊まりなさいよ!と言ってくれて、住所を連絡先を渡された。
おぉ、これはチェンマイの王さんの再来か?!!
物価の高いシンガポールでタダ宿か?!!
と、ちょっと浮かれていた。

明日の予定を聞かれ、明日は午後から美大に行くと伝えると、
「じゃあ、明日の朝ご飯を一緒に食べましょう!私は誕生日なんだし!」

断る理由も無かったので、OKすると
朝8時にニューワールドホテルのロビーで待ち合わせる事になった。
そこに泊まっているらしい。
ついでに言うと、彼女の朝は早いらしい。
チキンカレー代とサービス料を僕が払い、店を出て別れた。


なんだか、色々あったなぁ、、、、今日。。

帰り道コンビニでビールを買って帰った。



中国の話


中国情報。

人から聞いた話。

中国のアートマーケットは、まだ作品が売れるらしい。
若手のペイントとか特に。
大概は投資目的で買われる。
中国のバイヤーが買うのは、同じくらいの価格の作品だったら
外国人の作家よりも中国人の作品を買うそうな。

美大を卒業したばかりの若いアーティストは、
何人かでアトリエ街にアトリエを借りてシェアする。
この辺は日本っぽいね。

ただ、男子たるもの一人でアトリエを借りられるようにならないと
女の子的にはダメらしい。。。。(本当か?)

ちなみに、岩間さんちで会ったワン君達は
作品を売って生活していた。。。。お金はないって言ってたけど。



23日目




朝6:00起床。

部屋を片付けて出発の準備をする。

朝ご飯は、こないだ買った冷凍餃子。
戸田さん達の鍋を拝借して水餃子を食べる。
う~ん、名残惜しい味だなぁ。。。

11時頃池崎さんの部屋をノックするが返事は無し。
きっと寝てるよね。
ちょっと残念だけど、書き置きを残してタクシーを捕まえにいく。



到着初日にタクシーにボラレたこともあり、ちょっと慎重。
まぁ、所持金も100元ないからボラレようも無いけど。

ちゃんとメーター通りの料金で空港に到着。ありがたやありがたや。


いろいろ名残惜しい北京を後にし、バンコクへの飛行機に乗った。

帰りもまた香港乗り換え。
お昼に出て、夜8時頃バンコクに到着。

いつも通り、1Fのフードコートで安いタイ料理を食べて、
3Fの通路の椅子で寝る。。。。
明日は朝7:00頃出発。
4時には起きて朝ご飯食べにいこう。。。。

22日目


午前中、池崎さんと近くの市場に野菜を買い出しにいく。
やっぱり中国は野菜が安い。
トマト4個、タマネギ1個、人参2本、セロリ1本、ジャガイモ2個買って150円ぐらい。
さすがにBigAも負けた。。。


美院にもどりミートソースとグラタンを仕上げる。
中国に滞在すると、中華料理ばかりでさすがに飽きてくるらしい。
それで、あまり食べる機会の無いグラタンを作る事になった。


で、そもそもなんでBBQかと言うと、岩間さんが来月ぐらいから半年間妻有に出品するために帰国するので、その前に知人を呼んでBBQでもしよう!と言う事らしかった。
それにおよばれした訳ですな。

お昼過ぎに吉野さんが合流し、中華鍋一杯のグラタンをもった池崎さんと吉野さんの3人でタクシーに乗り合わせ岩間さんのアトリエに出発。


けっこう郊外にあるため、場所がみんなよく分からない。。。。
行き過ぎて引き返してを繰り返しながら小一時間も走るとアトリエ街に到着。

中に入っていくと既にBBQは始まっているようで
結構な人数が集まっていた。
若い人とおじさん達が半々だろうか。。

中に一人せわしなく動いている男性が一人。
、、、、、この人が岩間さん?


挨拶するも、料理の準備やゲストのケアであっち行ったりこっち行ったり。
あまりはなせそうにない。
台所を貸してもらってグラタンをあっためる。

テーブルに出すと、おじさん達が
「イタリアの麺料理だ。」とか言ってた。

さっそくBBQに参加。
羊肉を刺した串に、クミンや他の香辛料で下味をつけた物がメインで、
これがめっちゃウマ。
ビールにあってしょうがない。

その後もいろいろな人が続々とやってきた。

中央美術学院に留学しているフランス人や、
在中日本人アーティスト、
ほとんどがアート関係の人かな。。。

しばらく飲んでると、ロウさんもやってきた。

あれ、こないだは来れないような事言ってたのに、来てるじゃん。

途中で焼き方を交代し、近所の若手アーティストと一緒に肉を焼く。

うーん、煙いけどやっぱり楽しいなぁ、焼くのは。。。

暗くなり始めると、爆竹やら花火やら始まりだしてなんとも中国っぽさ満点。

外をいったん片付けて、みんな中に入って飲み直す。

さっき一緒に肉を焼いていたペインターの王君や、李君、林君達と色々話す。
で、インタビュー。
英語はあまり話せない王君から途中で李君に代わり、
30分ほどお互いの作品を見ながらあーだこーだ話す。

王君は「金はないけど、飲んでりゃ幸せだよね。」みたいな意味の
中国語や、
「話さなくてもお酒の中に全部つまってる。」という言葉を教えてくれた。

林君は5月ぐらいに、岩間さんの手伝いで日本にくるそうな。

で、そろそろおいとまとなり、戸田さん達と一緒に別の場所に移動して飲む事になった。

北京最後の夜。
とことん飲みたいが、台北の悪夢がよみがえる。。。。
ほどほどにしよう、ほどほどに。

12時過ぎまで、みんなで羊串を食べながらビールと白酒(アルコール度数50度ぐらい)をのんでいた。

美院に帰ると、門限の1時ギリギリで、警備員さんにちょっと怒られた(ような気がした)。

起きられたら出発前に会いましょうと、戸田さん、秋山さん、池崎さんと別れ、床に着く。

明日起きられるかな。。。。



つぶやき。3

がびーん。。。

撮りためていた写真データが
何枚か、、、
というか、、、、、
200枚ぐらい消えてた。。。。。

こういうとき、デジタルの脆弱さを感じる。

いや、そもそも僕の脳が脆弱なんですね。。。。。

bun cha

bun cha(ブンチャー)

ベトナムのつけ麺。
つゆは薄味のスープに
焼き肉と一口サイズのハンバーグ的な団子、
甘酢でつけた、いちょう切りの大根と人参が入っているのが
スタンダードっぽい。
山のように盛られた付け合わせの生野菜
(パクチー、レタス、後なんか色々。どくだみ?)
と一緒にいただく。
お好みで薬味の唐辛子やニンニクの酢漬け
もしくは、ニンニクやら色々入ったお酢をつゆに入れて食べる。
唐辛子は、種ごときってあるので、2、3切れで十分辛くなる。
オプションで、春雨と豚肉と色々が入った揚げ生春巻きを一緒に注文できる。
ハイネケンは隣のおじさんのヤツ。(笑
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つぶやき。2

う~ん、、、、ネットの状況があまりよくないので、
長目の動画がアップできない。。。。
5月に行くシンガポールならアップできるかなぁ。。。。

21日目

朝、近くの市場に連れて行ってもらう。
なんども前を通り過ぎていたので知っていたが、
どうみても昔からある市場にみえていたのだが、
どうやら最近オープンして様で
みんなまだ行った事が無かったらしい。
中は意外に広く、奥までずっと果物と野菜のお店が並んでいた。

その後、女人街という植物が多く売っている市場と
秋葉原のような電気物がいっぱい売っている市場に連れて行ってもらう。
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みんな思い思いのハーブを購入。

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何故ココかと言うと、
2日前、僕が大望路に行っている時に
ボヤがあったのだ、、、、、秋山さんの部屋で。。。。

ろうそくが机の上のものに広がり、それがカーテンに移り、、、、、
それでスプリンクラーが作動して、ホースで水をかけられ事なきを得たのだが、、、、
パソコン、カメラ、携帯、その他服から紙ものまですべてぬれてしまい、
携帯とデジカメが動かなくなってしまった。(他は乾燥待ち)

で、ここなら直せるし、売れるだろうと。。。
癒しのハーブもあるし。。。
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写真には撮ってないけど、Macのappleマークの携帯とか売ってた。。。。

結局は、直すと高く、売ると安い、、、、と言う事で、持ち越しになった。



帰りに料理屋さんで
美味しい水煮魚と餃子とエビの唐揚げと
激美味い麻婆豆腐を食べて、
生の北京ビールを飲んだ。
麻婆豆腐はさすがに本場。(というか、本場は四川か、、、)
今まで食べた中で1番だったと思う。
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その後みんなでぶらぶらしながら美院まで帰る。
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市内にできてた巨大ショッピングモール。




が、帰り際に明日のBBQパーティーの準備の話になり
近くの外資系スーパーで、グラタンの材料を買う。
北京チーズとか売ってて面白かった。

美院に帰ってから、みんなでビール飲みながらホワイトソースを作って明日に備えた。

white source



20日目

798の近くに、大きな市場があるらしく戸田さん達に連れて行ってもらった。
戸田さん曰く「家が建てられる材料が揃う。」とのこと。
しかも、食材の市場もあり、前に戸田さんが来た時は大きな枝肉がぶら下がっていて、
牛がドナドナ連れて来られていたらしい。
それは見なきゃと、テンションがあがっていた。

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屋外には大きな石やガラス、建材が並べられていた。
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中は、日本の古い雑貨屋で見られるような日用雑貨、
時計や携帯、布、寝具、とにかく何でも売っていた。
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で、(個人的に)お目当ての食品市場に行く、、、、が、
どうやら閉まっているらしい。

残念。

隣の食材市場に行くと、既に切り分けられた肉が売っている。
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何故か頭は捨ててある。。。。
置いてあるだけかも?
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全て冷蔵庫も氷もなく、ただただ板の上に並べられている。。。


内陸のせいもあって、新鮮な魚介類は手に入りづらいようで
いけす(?)のなかの魚は大概ひっくり返って死んでいた。。。。
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それでもエアーがブクブクしてるのは、動いているように見せるためなのかなんなのか。。。



一通り見た後、ロウさんがアトリエに遊びにおいでよと誘ってくれていたので
みんなでタクシーに乗る。
アトリエにいく前に、ロウさんが今やっているグループ展を見に行く。

名前は忘れてしまったが、、、、、
798のような地区で、ギャラリーが集まっている。
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798と違うのは、798がスクワットから始まって観光地化した後で
今度は政府が最初から計画してギャラリーを集めて作った地域らしく
建物の設計など、すべて一人の建築家が行っている。

ぱっと見はドラクエのダンジョンである。
道は狭いし壁は高いし。
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ロウさんが展示しているギャラリーに行く。

中は結構広く、作品も結構な数があった。
一番面白かったのは、冬に凍った川の表面を削り、削らず残した部分で横断歩道を描くプロジェクト。
壮大な手間とバカさ加減が気に入った。

一通りロウさんの作品(縦長のディスプレイで、画面の上でロウさんが瞬きをしながら下のコップに涙を溜める映像作品)などもみて、他のみんなが外に出て、僕も出ようとしたところで奥からロウさんと友達がやってきた。

ロウさん達と合流し、他のギャラリーを回った後タクシーでアトリエに向かう。
(798よりもこっちの方が面白かった。)

中国ではアトリエ街と言うのがあり、何件も何件もアトリエが集まり町のようになっている。
ここのアトリエもそうだが、けっこう郊外にある。
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ロウさんのアトリエ到着。
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中は広い倉庫を仕切って中に中2階を作ったようなアトリエだった。
アトリエ部分は天井が屋根まであり、住居部分は奥の中2階。と言った感じ。
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さっそくロウさんが料理の準備を始めた。
昨日から買い出しにいったりしてくれていたようだ。。。。
しかも、今日は火鍋!
一度は本場で食べてみたかった辛いしゃぶしゃぶみたいなヤツ。
ラム肉とか豚肉とか、練り物とか、野菜を辛いスープでしゃぶしゃぶして
ゴマだれをつけて食べる。


ゴマだれは芝麻醤と火鍋の素と水。



激美味。
日本人4人ひたすら食べまくり。。。。
奥ではロウさんがなれた手つきでレンコンの皮を剥いている。。。


すっかりもてなしてもらってしまった。

途中近所に住んでいるアーティストも遊びにくる。
彼は彫刻をやっており、生活費や留学費用を稼ぐために798でカフェもやってるらしい。
うーん、、、、、、堅実。


食べ終わり、ロウさん達にイトーヨーカドーのゲーセンに誘われたが、
残念ながら断ってヘイチャー(白タク)で美大まで帰る。


19日目



美院(メイイェン、中央美術学院の略)からタクシーで15分ぐらいのところに地下鉄の駅はある。

あるんだが、また歩く事にした。。。

歩く事1時間。
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地下鉄の駅が見えてきたが、戸田さんから借りた地図には載っていなかった。
今も増え続けているんだろうな、きっと。。

地下鉄でやってきたのは「大望路」。
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といっても、別段やる事も無い。
ウロウロしていると、ウォルマートがあった。
とりあえず、エスカレーターで7階まであがり、何も見ずまた1階まで降りてくる。。。。
何がしたいか自分でもよくわからない。。。。。


とりあえず、オフィスがある駅ビルに帰ってく。
メールチェックがしたかったので、iPhoneを使って電波を探す。
カフェの前で見つかったので、ノートでメールチェックをして、
後は時間までコンビニの前でビールと肉まんを食べながら時間をつぶす。

晩ご飯は、吉野さんと、一宮さん、一宮さんの友達の日本人建築家の4人で「北京宮」と言うお店で
北京ダックを食べた。
結構美味しかった。
けど、北京ダックよりも、
羊の脂でおからをいためて作った麻豆腐が初めての味で美味しかった。



18日目



北京に798(チィジュゥパー)と言うギャラリーが多く集まってできている地区がある。
もともとは廃工場をアーティストがスクワットした事が始まりらしい。
ギャラリーが多くあり観光客が集まるようになり、
今では観光地のようになっている。
そのせいか、798から場所を移すギャラリーも多いそうだ。

戸田さんに地図を借り、何となくの場所だけ教えてもらって出発する。
バスやタクシーは使わずに、いつも通り歩いていく。

途中、お昼時だと言うのにマッサージ屋(風俗)のお姉さんが頻繁に声をかけてくる。
30分近く歩いたところで、また女の子から声をかけられた。

けど、今度は英語だ。
服装も普通な感じ。

何事かと聞いてみると、
昨日空港で僕を見かけて、翌日地図をもってウロウロしている僕を見て困っているんだろうと思い
声をかけてくれたらしい。
ちなみに、バンコクで買ったチェックの靴が目立ったらしく覚えてくれていたみたい。
どこに行くか聞かれ、「798。」と答えると、
偶然にも彼女は798のアパートに住んでいた。
なので、そこまで一緒に行ってくれる事になった。

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彼女の名前はフェイ。
台湾人で1年ぐらい北京に来て働いているらしい。
タクシードライバーと言っていたが、旅行関係か交通関係か空港関係か、そんなところだろう。
台湾の人はほんとにやさしいなぁ。。。。。。。。。。。

しばらく行くと、大きなグラフィティが見えてきて、どんどんそれっぽくなってきた。
グラフィティの壁から300mぐらい歩くと、大きな798の看板が見えてきた。
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そこでフェイと別れ、一人で798を歩く。

かなり敷地が広く、どこから見ていいかよくわからない。

インド人アーティストの彫刻やら、
韓国人アーティストのインスタ、
東京画廊もある。。。。

が、あまりどれも面白くなかった。
全部見たら1日かかりそう。
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時間は既に3時前、朝から何も食べていないので、そろそろお腹が減ってきた。
ご飯を探しにいったん798を出る。

近くに屋台でもないかと歩いていると、屋台や飲食店が並んでいる地元の市場があったので散策してみる。
中程にスーパーがあったので、早速入る。
どこの国もスーパーは適正価格で売っているはず。。。

中は結構広く、食材から日用品まで揃っていた。
お酒売り場を見ると、昨日戸田さんから美味しいと勧められた「ハルピンビール」がある。
6缶で5~600円ぐらい。

タイでも思ったが、取手で生活していた時いつも近所のBigAで値段が下がったものを買っていたが、
物価が安いと噂のタイも、日本より安い北京も、だいたいはBigAと同じくらいの値段だった。。
外国の物価が上がったのか、BigAが凄いのか、僕の生活水準が低いのか。。。。。まぁ、全部か。。

スーパーで、ビールとヨーグルトジュースと水と冷凍餃子と菓子パンと菓子を買い込みカバンをパンパンにすると、798に戻る元気は既に無くなっていた。。。あんまり面白い展示も無かったし。



この日は晩ご飯を北京で働いている友達と一緒にする事になっていた。

大学院1年の時に中村研で韓国のプロジェクトに参加した時に
他の大学の学生も20人ほど酵母で選んだ事があったのだが、その時に参加していた
女子美出身の吉野さんが、今は北京の出版社で働いていた。

そして、なぜか戸田さんとも知り合いだった。本当に狭いものである。

吉野さんと吉野さんの同僚、戸田さんと秋山さん、それに秋山さんと同じムサ美の池崎くんも一緒に行く。
池崎君は卒業後、北京で一度働いて、そのご中央美術学院に入ったらしい。中国語もバリバリはなせる。

仕事柄、色々北京を食べ歩いている吉野さんの同僚、一宮さんがテキパキとメニューを選んでくれた。さすが。。

大きな魚を丸ごと辛いスープで煮たやつが美味だった。

帰り際に吉野さんが、近くに寄る事があれば、、、と名刺をくれた。
中央美術学院があるところは、北京でもあまり都会じゃない方で、
一度は北京の都会な場所も見たかったので、明日いってみることにした。



17日目



朝起きると、空港のロビーの椅子だった。

時間は7:20。






ヤバイッ!!!!!

寝てた!!!!


飛行機のフライトは7:50。
まだ、チェックインもしてない!!

酔ってるせいで、どこのカウンターに行けば良いかもよくわからない。。。。
それっぽいところに並ぶも、何か違う。
列を離れて他の列に並ぶ。。。

コレもなんか違うっぽい。
酔ってて、全然わかんない。

後ろの人に、スタッフに聞いてくるので場所をとっといてくださいと英語で伝え、
スタッフに聞くと、やっぱり他のカウンターだった。

言われたところに行くと、既にカウンターはしまっていた。
スタッフのお姉さんはまだいたので、近づいていくと
「ミスタークズヤ?」と聞かれる。
おぉ、ミスターって呼ばれた。
とかくだらない事を考えながら手荷物を預けると、既に用意されていたチケットを渡された。

なんとか数分前までに搭乗口にたどり着く。。。

フライトの直前まで飲むとかは、もう2度としないと誓いました。。。
飛行機に駆け込み乗車って。。。。。




北京に到着、

空港からタクシーで中央美術学院に向かう。

30分ほどで到着し、メーターを見ると50元ほど。
高速代の10元をあわせても60元ぐらい。
おっちゃんに100元渡しておつりをもらおうとするも、
なんか「OK、OK。早く降りろ。」みたいな感じで言われる。
中国語がさっぱりわからず、とりあえず降りる。
タクシーは走り去る。
これがボラれるってヤツか。。。。

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中央美術学院には中村研の先輩の戸田さんがいて事前に連絡をしていた。
芸大の助手をしていた岩間さんと言うアーティストが、ここの学生寮に部屋をもっていて
そこをタダで使わせてもらえる事になっていた。

戸田さんの部屋に行き、挨拶をして部屋の鍵をもらう。
晩ご飯はまだ食べていなかったので、近くの麻辣湯(マーラータン)屋さんに連れて行ってもらう。
中国のファストフードみたいなもので、
好きな具材を選んで渡すと茹でてくれて
それを平ぺったい春雨系の麺が入った辛い胡麻スープの丼に乗っけてくれる。

食べていると、戸田さんの口から意外な人の名前が出た。
「ロウツァイって知ってる?」

僕が大学院1年の時に他の研究室と一緒にやった、谷中で作品を展示するプロジェクト。
それに参加していて、展示場所が一緒だった留学生のロウさん。
北京に帰ったのは知っていたけど、まさか戸田さんと知り合いだとは思わなかった。
しかも、マーラータン屋さんにくるらしい。
おぉ、懐かしい。

食べながら待っていると、ロウさんが友達とやってきた。

2007年の12月以来の再開だった。
今は北京の大学で美術を教えているらしい。。。
僕の1歳年上なのに、、、すごいなぁ。。。。

その後、猫カフェに移動。
(本当の名前は彫刻カフェ。多分戸田さんの周りだけの通称。
ついでに言うと、ロウさんのカラオケに行く案は却下された。)
中央美術学院に留学している日本人、秋山さんも合流する。
秋山さんはムサ美を出て、中国に留学したそうな。

2、3日まともに寝れなかったので、この日は爆睡した。。。


16日目




8:30頃起床。。。。
。。。。。。眠い。

アベは既に準備ができていた。

9:30ごろに電話でスタッフさんから「早く早く!」とコールがかかる。

チャーターバスに乗り込み、出発。
他のアーティストさん達と、アベ、川瀬さん、ヤオ。
と、おなじみのメンバー。

アッシュはやはりこれなかったのか、見当たらない。

バスに揺られる事(本当に揺れる)30分ほど、グラスマウンテンに到着する。
ここは蒋介石の別荘があったところだそうで、
レジデンスの一つは(なぜか一つだけ)お風呂の蛇口から温泉が出る。。
こんなところで、温泉につかりながらレジデンス、、、、
気持ち良さそう。レジデンスと言うよりも、湯治に近そう。
ヒザとか治るかな。。。。

オーストラリアのアーティスト、ロドニーおじさん(日本人作家はこう呼んでいる)の映像作品を見たり、
他のレジデンスアーティスト(ペインター)のアトリエにお邪魔して時間をつぶす。
敷地内に防空壕のような扉を発見するが、ほんとかどうかよくわからない。
ヤオは防空壕って言ってるけど。。。。

12時頃、帰りのバスが到着する。意外にも時間通り。
午後からは、川瀬さんのアーティストトークと、阿部の竹とんぼワークショップ。
帰りのバスにみんな若干酔いながら
明日川瀬さんのDJイベントがあるので、その話をしていた。
見れる見れると思っていたが、
なんと、帰りの飛行機の日にちを勘違いしていて、
明後日タイにいくと思っていたのが、実は明日の朝にはタイに行かないといけない事が発覚する。
今日が台湾ラストナイトでした。。。。。あぁ。。。

知り合った人がフェアウェルパーティーを開いてくれる事になった。
多謝!


夕方近くに、自分のお別れ会のための食材を近所のスーパーに買いに行く。
せっかくなので、お世話になった人に日本食でも振る舞おうと思った。

出かけようとすると、入り口のカフェでアッシュに遭遇。
知り合いのアーティストを連れてきてくれたらしい。

今からスーパーに出かける事を伝えると、
なぜか、アッシュと、アッシュの友達のアーティストと、その友達までスーパーについてくる事に。。。

スーパーにいく前に、近くのビルへ案内された。
ビルの1Fのサインボードをアッシュがデザインしたらしい。
たしかにゴーヤとかプリントしてある。。。

スーパーで食材を見繕うが、なかなか日本とは勝手が違う。
魚の種類が分からない。
調味料がデカイ、、、。
などなど。

いちおうカジキっぽいかなーって魚と、
シイラみたいな魚を照り焼き用。
石鯛のような魚を煮魚用に購入。
あとは、生姜と野菜適当。
唐揚げっぽいヤツ。
ゴーヤに豆腐でチャンプルー。
玉子で出し巻き玉子。
山芋は短冊に切るだけで醤油をかけて。
といった感じで購入。
ほんだしと昆布茶、醤油は取手の東急で買ってもってきていた。


帰ると、プエルトリコのアーティストが作ったドキュメント映像の上映会が始まっていた。
みんなそれを見る事になったので、荷物を置いてから合流しようとしたが、アッシュ達とはぐれる。。。

一人で映像を見ていると、ボランティアスタッフのエリック(ツアーガイドになるための勉強中。)が、ワンイヤーギャラリーはもう見たか?
と聞いてきた。

TAV隣のアパートの1室を借りて、1年間限定でギャラリーを開いている人がいるとは阿部さんからきいていたが、
その時はやっていなかったので、みれなかった。
それが、今は開いているようだ。

まだ上映中ではあったが、しばし抜けてエリックとワンイヤーギャラリーに行く。

裏の路地を入り、入り口の階段をあがるとなにやらにぎやかな声が聞こえる。
エリックがギャラリーの人に軽く紹介をしてくれると、
後ろのカウンターの中から日本人の男性が出てきた。

このギャラリーを立ち上げた3人の内の一人、鈴木さんだった。
鈴木さんは、ヨーロッパのレジデンスを中心に渡り歩き、
数年前からは台北に落ち着いているそうだ。
渡欧中は、レジデンスに滞在中に、他のレジデンスプログラムに応募する。。
と言ったやり方で転々とレジデンスを回っていたらしい。
鈴木さん曰く、「2~3通応募すればどれかは当たる。」とのこと。
昔、東京の湯島にノンプロフィットスペースを開いていたそうで、
コマンドNの事も知っていた。
(というか、数ヶ月前に中村(政人)さんもここに来たらしい、、、、、、。)

台北に落ち着いた理由は「台北だと自分はアーティストだけでいられる」とのこと。
展示を行う際に、台湾の政府から助成金がもらえて、割とそれが自由に使えるとの事。
もっと詳しく話を聞きたかったが、アッシュを待たせているかもしれなかったので戻る事にした。

戻ってみると、やはり上映会話終わっており、みんなそれぞれ無料で振る舞われたプエルトリコ料理を食べていた。

アッシュを探すと、カフェでご飯をしている。
勝手にいなくなったので怒ってるかなと思ったけど、特にそんな様子もない。。
まぁ、よかった。。。

ご飯を食べ終わり、アッシュの友達と合流して部屋に戻る。
何故かまた友達が2人増えていた。。。。

で、インタビュー開始。
why君と言うらしいが、美大などには通っておらず、中学校までしか出ていないらしい。
1年ぐらい前から独学で絵を始めたそうで、flickerで作品を見せてもらった。
ブラックとかピカソとか、マチスとか、そんな感じ。
決して上手くはない。
けど、自分の中の衝動や感情を表現したくて絵を始めたそうな。
そうしようとした事はスゴイなと思う。

彼の作品も見て、話も聞けたので、自分の作品を見せる。
毎回そうなのだが、つたない英語でなんとか説明はするけれど
本当に伝わっているかは不明。
話している途中でヒロシが登場。
彼は京都精華大学でデザインを勉強していた台湾人。
日本には5年近く住んでいて、日本語が堪能。
というか、関西弁が堪能。本人は標準語だと思っているらしいが。。。
ヒロシと言う名前もあだ名なのかな、、、、?
そんなヒロシに作品の説明を改めてwhy君にしてもらうと
腑に落ちなかったところが腑に落ちたらしく、なんだか納得してくれている。
やっぱり、100%伝わってはいなかったみたい。。。。。

そんなこんなをしていると、阿部さんが帰ってきた。
けど、ちょっと様子がへん。
なんだかピリピリしている。

どうやら、今回の展示の内容がよかったようで
次回、台湾での個展が決まったらしい。
それでプレッシャーを感じているんだろうなぁ。。。
でも、喜ばしいことだし、
次もがんばってください。

時間は夜10時が近くなってきた頃。
ようやく今日の「クズヤを送る会」の料理の仕込みを始める。
場所は川瀬さんの部屋。
きてくれたのは、
ヤオ、アッシュ、エリック、エリックのおじさん、ヒロシ。
僕が台湾でお世話になった面々だ。

乾杯をしつつ、料理を続けていく。
煮魚と魚の照り焼きが結構好評だった。
大量にかって余らせた調味料は川瀬さんにプレゼント。(ごめんなさい。。。)
愛知県のダイソーで買ってきた手ぬぐい(生地はガーゼ地)もここでプレゼント。
みんな終電もあるのに、バスが出る朝4時頃までつきあってくれて、
しかも、雨が降っているのに近くのバス停までみんなで送ってくれた。。。。
良い人過ぎだよ、みんな、、、。

ベロンベロンに酔った僕は、酔っぱらったみんなにバスに乗っけられ空港へと向かった。。



15日目

オープニングパーティーは14:30から。

それまでは、各作家最後の微調整や打ち合わせ(当日に打ち合わせが行われる。)
をおこなう。

僕は川瀬さんのお手伝いをちょっとだけ手伝う。

お昼はアベと川瀬さんの3人で、TAVの裏の食堂で麺を食べる。
本当にすぐ裏にあるので、忙しいときに便利そう。
エビ団子のスープと肉が入ったあっさりした麺を食べる。
オススメは、ビーフンとルーロー飯。

川瀬さんがジュースをごちそうしてくれると言うので、
中庭のテラスで飲もうとするが、
川瀬さんが打ち合わせに捕まってしまい、どこかに連れて行かれる。

予定よりちょっと遅れてオープニングが始まった。
偉い人たちが一通りはなし終わり、
各作家のギャラリーツアーとオープンアトリエが行われる。
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時間が余ったので、川瀬さんの部屋でジョリーン(アイドル的なシンガー。台湾の女の子は大概嫌い。)の写真集にのオススメページに、川瀬さんのDMを使いブックマークをする。
(すみません、、、。)

アッシュが午後から知り合いのアーティストか学生を連れてきてくれる事になっていたが、いっこうに来る気配はない。。。

夕方を過ぎ、オープンアトリエも終わり、
阿部さん達がスタッフの人たちとご飯に行くと言う事だったので、一緒に連れて行ってもらう。
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ご飯から帰ってくると9時を回っていた。
ヤオも合流し、みんなでまた飲み直し。
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この3人が残ると、いつも通りな感じでホッとする。


その後アッシュから連絡があり、夜の12時頃からクラブでイベントがあるので一緒に行かないかと誘われる、、、、。阿部さんや川瀬さんはお疲れなので、行けそうにないみたい。

TAVをアッシュのスクーターで出発。
TAVのカフェで働いているイザーンも一緒に行くらしい。

途中、アッシュがどこかに寄っていくようで、イザーンとはぐれる。。。

クラブに到着。
時間は既に深夜。

入場料は1500円ぐらい。
テクノ系のイベントなのか、DJが入れ替わり曲をかけていく。
(あんあまりこういうとこは行かないのでよくわからないけど。。。。)

どうやらアッシュの友達が3:40(深夜)からやるらしく、それまで外のコンビニでビールを飲んだり、軽くご飯を食べたりして時間をつぶす。。。

そろそろ時間なので中に戻る。。。。
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が、時間は4時近く。
いいかげん体力が限界。
アッシュに袖を引っ張られて、気がつくとたったまま寝ていた。

5時を回りそろそろ帰ろうか、、、となり、スクーターで送ってもらう。
次の日、、というか、数時間後の朝9:30にはもうひとつのレジデンス施設
「グラスマウンテン」のギャラリーツアーのバスが出る。

アッシュも行くらしいので、また後でと言って別れる。
3時間後には起きないといけない。。。
近所のコンビニでおにぎりを買って帰る。
さすがにTAVの警備員さんに顔を覚えてもらえていたので
ドアをコンコン叩くと入れてもらえた。。。
眠い。。。。

つぶやき。

台湾→北京間で、書きためていた日記が消えました。。。。
で、現在北京で復旧中。。。

14日目

阿部の展示1日前。
つまりは設営の最終日。
きっと明日は、TAVでバタバタすると思うので
午後からギャラリーを見て回る事にしていた。


が、展示追い込みの阿部さんに捕まり、手伝う事に。
朝は自由にしてくださいって言ってたのに。。。

で、阿部と同じギャラリールームで展示する川瀬さんの展示も手伝う事にする。

手伝ってみて初めてわかるが、やはりココは海外。
壊れたスポットライトがそのままだったり、
照明が点いても焼けて光が青かったり弱かったり、
機材が無かったり無かったり、音が出なかったり、
脚立がガタガタする木製だったり。。。

夜の12:30を回る頃にはようやく設営が終わった。

明日の展示が楽しみです。
おつかれさまでした。
作家のみなさま。

13日目

午後からアッシュが知り合いのアーティストのところに連れて行ってくれる事になっていた。
アッシュがTAVに到着し、スクーターの後ろに乗って目的地へ移動する。
が、移動中にアッシュの大学に寄ることになった。

結構きれいな大学で、中では学生が展示や制作をしていた。
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このときやっていた学内展示は、ペイントやインスタがあったのだが
全て建築の学生の作品らしい。
内情は知らないが、専攻でない作品を学生が作り、教授もそれについて話ができるのなら、とてもいい状況だと思う。

大学を出ようとすると、アッシュがまた何か思い出したらしく、引き返す。
どうやらアッシュの映像作品を見せてくれるらしい。
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一つは台北の市民の普段の生活と交通を撮ったもの。
もう一つは、自分の状況とアートに対する思いを作品にしたものだが、
出てくるのは、ゴーヤと看護婦になったアッシュと病院。割と面白かった。
あと一つ見たかった牛を殺す映像(とみんなは言っていたが)はデータが壊れていたため見られなかった。。

大学を出て、MRTに乗り換え終点近くまで行く。
駅から歩いてすぐの場所に、そのアーティストのオフィスがあった。

切り絵を使った作品を作っている、ショークンという若いアーティスト。年齢は30歳。アッシュの大学の先輩らしい。
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事前に作品が載っている雑誌を見せてもらっていて、結構面白そうだったのであえるのを楽しみにしていた。
ショークンは以前、中国の田舎の方にレジデンスしていた事があり、
そこの人たちがコミュニケーションの代わりに紙切りを使っていたのを見て作品に取り入れようと思ったらしい。
台湾の若手アーティストの状況など、いろいろ話してくれていますので、詳しくはインタビューを。

インタビューも終わり、ショークンと、英語の通訳をしてくれたショークンの後輩、とアッシュと僕とでご飯に行った。
近くに美味しい名物麺のお店があるようだ。
お店に入り出てきたのは、あっさり目のトマトベースのシチューのようなスープに、手打ちうどん風の麺。上には大きな牛の煮込みが乗っていて、ビーフシチュー麺と言った感じ。あっさりしていてボリュームもあり、満足な一品。

食べ終わり二人と別れ、MRTでアッシュと士林へ。
ここは有名なナイトマーケットがあり、前に行きたいと言ったらアッシュが連れて行ってくれる事になっていた。
士林夜市は日本の縁日のような活気があり、食べ物の屋台、ペット、服、など色々売っていた。

マーケットの中程にあるアジア雑貨屋に入ると、寒い寒いと言っていた僕を見かねてか、アッシュが長袖のシャツを選んでくれた。
アッシュが店員さんに値切ってくれて500NT$、1500円ぐらい。

で、色々二人で食べて、帰り際に阿部さんと川瀬さんのお土産夜食を買って、スクーターで帰る。
道中アッシュがポニョの歌を教えてくれというので、知っているところだけ教える。
二人でポニョポニョうたいながらTAVに帰る。

TAVに着くと、アベが部屋でボランティアスタッフたちと、ネームカードを作っている最中だった。


作業が一段落し、この日もまたみんなで遅くまで飲んだ。。。

12日目

この日は夕方からアッシュが知り合いの学生を紹介してくれる事になっていた。
連れてきてくれたのは、ルークという学生。
機械仕掛けでピアノを弾く作品や、風に吹かれて光る照明のインスタレーションなど、音や光を電気回路と共に使うようなものを作っていた。
詳しくは、インタビューやホームページを。

11日目

午後から散歩に出かける。
TAVから歩いて30分ほどのところに、道具屋街のようなところがあった。
商店街が集まってホームセンターのようになっていて、制作するのに必要なものが買えそうだった。
TAVに戻ると、王さんから電話があったらしく、かけ直してみると晩ご飯に誘ってくれた。

待ち合わせの時間になり、王さんが迎えにきてくれた。
今日は日本語の話せる友達を連れてくるというので、
3人前後で夕飯かなと思っていると、
着いた先は高層ビルの地下1階の高級中華料理店。
ビルの前に車を停めると、スタッフが乗って駐車場にもっていってくれるような。
入り口で他の人を待っていると、ぞろぞろと人が集まってくる。
何人くるんだいったい。。。。
集まったのは総勢20人ほど。
日本語を話せる王さんのお友達が色々説明してくれて、ようやく状況が飲み込めた。
王さんは台湾で新聞会社のオーナーをやっている資産家。
ご実家はフランスのブランド会社。
今日は王さんのお兄さんの誕生日パーティーで、友達の財閥令嬢や、日本料理店のオーナー、ジュエリー会社の社長、台湾の経営の神様、台湾の超有名デザイナー、芸能事務所の社長、若手俳優、トップモデルなどなど。
急に場違いな気がしてくる。。。。
しょうがないので、出されたジョニーウォーカーの黒をストレートでチビチビ飲んでいると、
台湾のパーティーでは、一人でお酒は飲まず、誰かに一声かけて、一緒に乾杯をしてから飲むらしい。。。
中国語が話せないので、結局料理と水をチビチビ飲んでいた。。。。。

パーティーも終わり、明日また迎えにくるという王さんに送ってもらう。

帰ってアベと川瀬さんに一部始終を説明し、食べた気がしなかった僕は
小腹の空いた二人と近くの食堂に麺を食べにいった。。。。
美味しかった。

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